アレウト号慰霊碑 ■露国軍艦アレウト号乗組員遭難慰■

 1877年(明治10)11月19日、ニコライエフスク からウラジオストックに向け航行中のロシア軍艦アレウト号は、暴風雪に押し 流され瀬棚海岸で座礁、艦長セルゲイ・クラーシエニンコフ以下60名の 乗組員は住民の協力で全員救助された。その後、艦内残置物資の陸揚げと保管 のため士官2名、水兵13名が残留越冬し、翌1878(明治11)4月 29日、本国引き揚げの軍艦エルマック号が到着したが、短艇が転覆し12 名の犠牲者を出す。うち8名の遺骨が故国はるかに望む瀬棚町の三本杉の 丘に埋葬されている。この碑は、アレウト号乗組員12名の冥福を祈るとと もに国際親善と海難事故防止の願いを込め1972年(昭和47)建立さ れたものである。